2,3時間寝ていたみたいだ。
のどが乾いたので水を飲む。
ペットボトルのキャップを開けると、炭酸入りでもないのに
プシュっと音を立てた。
窓の外に目をやる。
景色は見えないが、空に異常な数の星が見える。
オリオン氏の肩と、腰のベルトと、足の間にも、あんだけ星があんのか?
ベテルギウスもリゲルも、目立たないほどだ。
そして、なるほど。
次の町はかなり標高が高いのかぁーと今更気づく馬鹿。
バスの中は一切電気がつかない。
ヘッドライトさえ、最低限の光量である。
ああちょっとおしっこがしたいな。
よく考えたら、疲れていたから水飲みすぎたかも。
バスにトイレ、ついてないな。
どうしよう。
焦るな。
そんなことは無視して寝よう。
「るろうに剣心」的に言えば(最近はまってる)、精神で肉体を凌駕すればよい。
バスはますます高く登っていくようだ。
それを感じながらまた眠る。
時々襲う大きな揺れで、膀胱が刺激され、起きる。
あかん。
もう一度、倒置法で言おう。
したい、おしっこが。
今まで幾多の便意に対し、勝利を収めてきた百戦錬磨の自分なのに
(エジプトのシナイ山では敗れ、登山道の脇でしましたが)
今回はなぜか心がざわつく。
そして数分間、目を閉じ、僕は悟った。
いつもと勝手が違うほどのすさまじい尿意なのだ。
この、車がすれ違うのさえ困難な、延々と続く崖道でバスは休憩などしないだろう。
トイレ休憩まで辛抱できる望みはうすい。
まずいなこれ。
こういうときは、わが国の魂を思い出せ。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び・・・」
そう唱えてみるも、尿意は一向にますばかりだ。
普通、こういう場合、運転手にお願いしてバスをとめてもらうのが上策だが、
この状況では考えにくかった。
バスの中は真っ暗。
僕は最後尾席。
運転席へ歩こうにも通路には5人くらい子どもが床に寝てる。
全乗客熟睡。
この時だけはせめて、連れの旅人でもいればと思った。
葛藤のうちにも、腎臓では、尿生成が続く。
はじめ強気だった僕も、だんだん弱気になってきた。
ああ、もう10分ももたない。
そんなとき!!
バスがとまった!!
休憩か??
反射的に、僕の心と膀胱は色めきたった。
助かった!と思ったが
しかし、無情にもそれはトイレ休憩ではなく、
単なるバス同士のすれ違いのためだった。
心は状況を理解しても、色めきたったバカな膀胱は勘違いしたままだ。
こうなると、もうとまらない。
真っ暗だ。
最後尾5人がけの一番左が僕で、右横の席は空席。
皆寝てる。
揺れのせいで騒音がすごい。
もうこれしかない。
いや、ほんとにこれしかなかった。
僕は自分の左にある窓が開くことを確かめた。
さらに乗客が寝ていることを確認して、
サンタクルスで、オレオを買った際、ついてきたビニール袋を取り出した。
真っ暗だからどうせ見えないが、
右の座席に荷物を積み上げ、さらに見えないようにし、
そして、そして!
以下はもう省こうかw
我ながら職人芸だった。
ビニール袋はアンデス山中に窓から捨てた。
僕は山での戦いが苦手なのだろうか。
あとでガイドブックで知ることになるのだが、
もうこの辺は3000mをゆうに超えていた。
明るい星たちが、この時ばかりは、僕を冷やかしているように思えた。
唯一の目撃者であるその星たちに、
「漏らしてはないねんからな」と、僕は心の中で、力なく釘を刺した。
あーなんせすっきりした。
尿意が去ると、また簡単に眠りに落ちた。
まだAM2時だった。
再び起きると、もう外は白んでいた。
バスの運転手の体力はほんとにどの国でもすごい。
なにかといい加減な途上国でも、バスの運転手だけは、けっこー仕事人だ。
命預かってるからね。
休憩中のバス。 |
ここでやっと休憩。
あそこで用を足さなければどうなっていたことやら。
おなかが空いたので何か買いたいがなにせ無一ボリである。
しょうがなく水で我慢。
ポトシに着いたら両替所がある。
明るくなってからは、窓の景色を見るという楽しみができて
時間が経つのが少し早くなる。
昼過ぎには、スクレという、ボリビアの憲法上の首都に到着。
(実質首都はラパス)
ここでバスを乗り換える。
空気が薄い気がしたが動きまわっても平気だった。
後ほど知ったのだが、すでに標高3800m。
スクレの町。 バスから。 |
高地なのと、 雨が少ないのでサボテンがいっぱい。 |
ここから、さらに3,4時間でポトシに到着。
もう5時。
長い道のりだった。
バックパックをかついで、バスターミナル内を歩く。
腹が減っている。
金がないと、飯も食えないし、ここからセントロにもいけない。
大便がしたいが、公衆便所にさえ行けやしない。
頭がぼっとしている。長い移動のせいいか薄い酸素のせいか。
これまで旅でやってきたことが、非常に偉大なことだったみたいに思える。
とりあえず両替所を探す。
両替所自体は中心にしかないが、バス会社のオフィスで両替してくれるとのこと。
ところが訪ねども訪ねども、
あっち行けこっちはどうだの、たくさんあるバス会社をたらいまわし。
20kgのバックパックを背負って歩きまわり、何回も階段を登る。
息切れがし、頭が痛くなってきた。
これがうわさに聞く高山病か。
自分の呼吸の音が、わざとらしく耳に届く。
それでもどうにか、ちゃんと両替してくれるというおばちゃんに行き着く。
自分は、内側にチャックが付いていて、
薄いものを収納できる皮ベルトを日本からずっと着用しているのだが、
そこから取り出した細かく折りたたんだ100ドル札が、汚いからと、
今度はそれを受け取ってもらえない。
息切れしながら
「セニョーラぁ~ポルファボー~ルぅ(=英語ではplease)!」(お姉さぁん~お願いしますぅ~)
って非常に哀れそうな旅人を演じてみてもダメの一点張り。
確かに汚いので気持ちはわかるが、
これを両替してもらわないと、先に進めない。
もうこれ以上両替のために動きまわりたくない。
僕は小学校で教室の窓を割ったとき先生にして以来の、土下座を決め込んだ。
美しく決まったその土下座は、見事に日本‐ボリビア国境を超えた。
「しょうがないわねぇ」
そして僕はボリビア通貨ボリビアーノを手にした!!!
ぜぇぜぇ言いながら、セントロ行きのコレクティーポ(乗り合いバス)に乗り込む。
こんなにしんどいのか・・・?
気を張っていないと倒れそうだ。
しんどそうな僕を、乗客は興味深そうに見てくる。
インディヘナの子どもが僕の髪の毛を触ってくる。
インディオキッズはかわいさ暫定世界一だな。
乗客たちとなけなしのスペイン語知識で会話する。
「ノーアイレ カンサード」(空気がない。しんどい。)
みんな「そうかそうか」と、僕を見て笑っている。
(ワライゴトちゃうねんぞ、ワレ、コラ)
と言いたいのを抑え、セントロといわれたところで降りる。
地図がないし、宿も0から探す。
アップダウンが激しくて、死にそうだ。
適当に歩く。
一件目。150ボリ。ボツ。
二件目。100ボリ。ボツ。
三件目が見つからない。
おなかがすいたので、アイスを食べる。
久しぶりの食事。
うまかったが、体力的にもう限界に来ていた。
本格的に頭がいたくなってきたのだ。
やっと見つけた三件目、70ボリ(840円)、wifiあり、ホットシャワー有り、朝食付き、
英語可の宿に倒れるようにチェックイン。
予算オーバーだがそんなこと気にしていなかった。
体調を整えるのが先決。
ベッドに倒れこんだが、
明日の鉱山見学ツアーの申し込みをしに体に鞭打つ。
やばい吐気もする。
熱っぽい。
帰ってきてPCに入っている「歩き方」を読んでびっくり。
ここ、ポトシは標高4100m。
人が住む、地球でもっとも標高の高い街らしい。
どんだけ~w
サンタクルスは標高400mらしいから、一晩でかなり上がってきてしまったのか。
正直、高山病とかかからないと思ってたけど、
なめてたなぁ。
水とポテトチップスしか食えない。
やせるなこれ。
横になるとさらに悪化して、息が激しくなった。
トイレに行くと、また鮮血の便が出る・・・・
なんじゃこりゃ~。
弱り目に祟り目
泣きっ面に蜂
高山病に痔。
高山病でフラフラ、
疲れと空腹でフラフラ。
いや、きつい。
僕はベッドから起きられなくなった。
人間は放っておいても
食べ、
排泄し、
眠る。
衣食住が保証されない状況で、
こんな当たり前のことを掴み取るのがとても大変だと、
知らなかったように、今更感嘆する。
動物や植物、他の命を食らって自らの命を燃やす。
残りかすは捨て去り、
夜は死んだように休む。
生きるのって大変。
時には周りに浮かぶ見えない空気さえも、当然でなくなる。
電気を消して寝ようとしても、なかなか寝付けない。
もう高度にすっかり順応したんだろう白人たちが、外で酒を飲んでいる。
一人旅はどこまでも孤独である。
この薄い空気に負けまいと、
頼んだ覚えもないのに、
ゼェゼェと、荒々しくわざとらしい音を立てる
自分の肺だけが、
僕を生かそうと必死だった。
生きるのって大変なんやでと、教えんばかりに。
地球上で最も宇宙に近い街にやってきた
もはやボロボロの旅人に、
いつもと変わらない孤独な夜の帳が下りる。
今はじっと耐えるばかりだ。
明日はきっと回復するはず。
おしっこを窓から捨てて、
両替で土下座して、飯もまともに食えず、
最後にはまともに歩けさえしない。
つくづく辛辣な一日だったが、
乗り越えた少しの充実感が、あればそれで十分なのだ。
それにしても辛かった。
いやはや。
バスからの景色。 植物少ない。 |
ポトシの街。 |
市場。 |
植民地時代のスペインの権威を示す、 カテドラル。 |
アイス売りのおっちゃん。 これがうまいのさ。 |
三丁目の夕日って感じ。 |
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